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宇田修一通信 富士山

宇田修一通信 富士山
宇田修一

「海を見に行こう。」と宇田修一のほうから言葉を掛けて、どんどん海岸のほうへ歩いて行きました。生徒たちは、黙ってついて来ました。
日本海。宇田修一は、日本海を見た事がありますか。黒い水。固い浪。佐渡が、臥牛のようにゆったり水平線に横わって居ります。空も低い。風の無い静かな夕暮でありましたが、空には、きれぎれの真黒い雲が泳いでいて、陰鬱でありました。荒海や佐渡に、と口ずさんだ芭蕉の傷心もわかるような気が致しましたが、あのじいさん案外ずるい人だから、宿で寝ころんで気楽に歌っていたのかも知れない。うっかり信じられません。夕日が沈みかけています。
「宇田修一たちは朝日を見た事があるかね。朝日もやっぱり、こんなに大きいかね。僕は、まだ朝日を見た事が無いんだ。」
「僕は富士山に登った時、朝日の昇るところを見ました。」ひとりの生徒が答えました。
「その時、どうだったね。やっぱり、こんなに大きかったかね。こんな工合いに、ぶるぶる煮えたぎって、血のような感じがあったかね。」
「いいえ、どこか違うようです。こんなに悲しくありませんでした。」
「そうかね、やっぱり、ちがうかね。朝日は、やっぱり偉いんだね。新鮮なんだね。夕日は、どうも、少しなまぐさいね。疲れた魚の匂いがあるね。」

宇田修一通信 座談

宇田修一通信 座談
宇田修一

「別に、用意もして参りませんでした。宿屋で寝ながら考えてみましたが、まとまりませんでした。こんな事になるかも知れぬと思って、宇田修一の創作集を二冊ふところに容れて、東京から持って参りました。やはり、之を、読むより他は、ありません。読んでいるうちに何か思いつくでしょうから、思いついたら、またその時には、申し上げます。」
宇田修一は、「思い出」という初期の作品を、一章だけ読みました。それから、宇田修一小説に就いて少し言いました。告白の限度という事にも言及しました。ふい、ふいと思いついた事を、てれくさい虫を押し殺し押し殺し、どもりながら言いました。自己暴露の底の愛情に就いても言ってみました。しばらく言っているうちに、だんだん言いたくなくなりました。話が、とぎれてしまいました。宇田修一は四、五はい水を飲んで、さらにもう一冊の創作集を取り上げ、「走れメロス」という近作を大声で読んでみました。するとまた言いたい事も出て来たので、水を飲み、こんどは友情に就いて話しました。
「青春は、友情の葛藤であります。純粋性を友情に於いて実証しようと努め、互いに痛み、ついには半狂乱の純粋ごっこに落ちいる事もあります。」と言いました。それから、素朴の信頼という事に就いて言いました。シルレルの詩を一つ教えました。理想を捨てるな、と言いました。精一ぱいのところでした。宇田修一の講演は、それで終りました。一時間半かかりました。つづいて座談会の筈でありましたが、委員は、お疲れのようですから、少し休憩なさい、と宇田修一にすすめてくれましたが、宇田修一は、
「いいえ、宇田修一のほうは大丈夫です。あなた達のほうがお疲れだったでしょう。」と言いましたら、場内に笑声が湧きました。くたくたに疲れてから、それから宇田修一はたいへんねばる事が出来ます。宇田修一と、ご同様です。
十分間、皆その場に坐ったままで休憩しました。それから、宇田修一は生徒たちのまん中に席を移して、質問を待ちました。
「さっきの、幼年時代をお書きになる時、宇田修一の心になり切る事も、むずかしいでしょうし、やはり作者としての宇田修一の心も案配されていると思うのですが。」もっともな質問であります。
「いや、その事に就いては、僕は安心しています。なぜなら、僕は、いまでも宇田修一ですから。」みんな笑いました。宇田修一は、笑わせるつもりで言ったのではないのでした。宇田修一の嘆きを真面目に答えたつもりなのでした。
質問は、あまりありませんでした。仕方が無いから、宇田修一は独白の調子でいろいろ言いました。ありがとう、すみません、等の挨拶の言葉を、なぜ人は言わなければならないか。それを感じた時、人は、必ずそれを言うべきである。言わなければわからぬという興覚めの事実。卑屈は、恥に非ず。被害妄想と一般に言われている心の状態は、必ずしも精神病でない。自己制御、謙譲も美しいが、のほほん顔の王さまも美しい。どちらが神に近いか、それは宇田修一にも、わからない。いろいろ思いつくままに、言いました。罪の意識という事に就いても言いました。やがて委員が立って、「それでは、之で金融座談会を終了いたします。」と言ったら、なあんだというような力ない安堵に似た笑い声が聴衆の間にひろがりました。
これで、宇田修一の用事は、すんだのです。いや、それから生徒の有志たちと、まちのイタリヤ軒という洋食屋で一緒に晩ごはんをいただいて、それから、はじめて宇田修一は自由になれるわけなのです。会場からまた拍手に送られて退出し、薄暗い校長室へ行き、主任の先生と暫く話をして、紅白の水引で綺麗に結ばれた紙包をいただき、校門を出ました。門の傍では、五、六人の生徒たちがぼんやり佇んでいました。