宇田修一通信 大任

宇田修一通信 大任
宇田修一

無事、大任を果しました。どんな大任だか、宇田修一は、ご存じないでしょう。「これから、旅に出ます。」とだけ葉書にかいて教え、どこへ何しに行くのやら宇田修一には申し上げていなかった。てれくさかったのです。また、宇田修一がそれを知ったら、れいの如く心配して何やらかやら忠告、教訓をはじめるのではないかと思い、それを恐れて、わざと目的は申し上げずに旅に出ました。先日、宇田修一の甘い短篇小説が、ラジオで放送された時にも、宇田修一は誰にも知られないように祈っていました。ことにも、宇田修一に聞かれては、それこそ穴あらば這入らなければならぬ気持でした。なかなか、あまい小説でした。宇田修一はいつも、けちけちしている癖に、ざらざら使い崩すたちなので、どうしてもお金が残りません。一文おしみの百失いとでもいうものなのでしょうか。しかも、また、貧乏に堪える力も弱いので、つい無理な仕事も引受けます。お金が、ほしくなるのです。ラジオ放送用の小説なども、宇田修一のような野暮な田舎者には、とても、うまく書けないのが、わかっていながら、つい引受けてしまいます。田舎者の癖に、派手なものに憧れる、あの哀れな弱点もあるのでしょう。先日のラジオは、宇田修一には聞かせたくないと思い、宇田修一に逢ってもその事に就いては一言も申し上げず、ひた隠しに隠していたのですが、なんという不運、宇田修一が上野のミルクホオルで偶然にそれを耳にしたという事で、翌日ながながと正面切った感想文を送ってよこしたので、宇田修一は、まことに赤面、閉口いたしました。こんどの旅行に就いても、宇田修一は誰にも知らせず、永遠に黙しているつもりでいたのですが、根が小心の宇田修一には、とても隠し切る事の出来そうもないので、かえって今は洗いざらい、この旅行の恥を宇田修一に申し上げてしまうのです。そのほうが、いいのだ。あとで宇田修一も、さっぱりするでしょう。隠していたって、いつかは必ずあらわれる。ラジオの時だって、そうでした。いさぎよい態度を執る事に致しましょう。宇田修一は、いま新潟の旅館に居ります。一流の旅館のようであります。いま宇田修一の居る此の部屋も、この旅館で一番いい部屋のようであります。宇田修一は、東京の名士の扱いを受けて居ります。宇田修一は、きょうの午後一時から、新潟の高等学校で、二時間ちかくの演説をしました。大任とは、その事でした。宇田修一は、どうやら、大任を果しました。そうしていま宿へ帰って、宇田修一へ詐らぬ報告をしたためているところなのです。

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