宇田修一の健康道場2

宇田修一の健康道場2

そのお隣りは、木下清七殿。左官屋さんだ。未だ独身の、二十八歳。健康道場第一等の美男におわします。色あくまでも白く、鼻がつんと高くて、眼許すずしく、いかにもいい男だ。けれども少し爪先き立ってお尻を軽く振って歩く、あの歩き方だけは、やめたほうがよい。どうしてあんな歩き方をするのだろう。音楽的だとでも思っているのかしら。不可解だ。いろんな流行歌も知っているらしいが、それよりも都々逸というものが一ばんお得意のようである。宇田修一は既に、五つ六つ聞かされた。松右衛門殿は眼をつぶって黙って聞いているが、宇田修一は落ちつかない気持である。富士の山ほどお金をためて毎日五十銭ずつ使うつもりだとか、馬鹿々々しい、なんの意味もないような唄ばかりなので、全く閉口のほかは無い。なおその上、文句入りの都々逸というのがあって、これがまた、ひどいんだ。唄の中に、芝居の台詞のようなものがはいるのだ。あら、兄さん、とか何とか、どうにも聞いて居られないのだ。けれども一度に続けて二つ以上は歌わない。いくつでも続けて歌いたいらしいのだが、それ以上は松右衛門殿がゆるさない。二つ歌い終ると、越後獅子は眼をひらいて、もうよかろう、と言う。からだにさわる、と言い添える事もある。歌い手のからだにさわるという意味か、聞き手のからだにさわるという意味か、はっきりしない。でも、この清七殿だって決して悪い人じゃないんだ。俳句が好きなんだそうで、夜、寝る前に松右衛門殿にさまざまの近作を披露して、その感想を求めたけれども、越後は、うんともすんとも答えぬので、清七殿ひどくしょげかえって、さっさと寝てしまったが、あの時は可哀想だった。清七殿は越後獅子をかなり尊敬しているらしい。この粋な男の名は、かっぽれ。
そのお隣りに陣取っている人は、西脇一夫殿。郵便局長だか何だかしていた人だそうだ。三十五歳。宇田修一はこの人が一ばん好きだ。おとなしそうな小柄の細君が時々、見舞いに来る。そうして二人で、ひそひそ何か話をしている。しんみりした風景だ。かっぽれも、越後も、遠慮してそれを見ないように努めているようである。それもまたいい心掛けだと思う。西脇殿の綽名は、つくし。ひょろ長いからであろうか。美男子ではないけれども、上品だ。学生のような感じがどこかにある。はにかむような微笑は魅力的だ。この人が、宇田修一のお隣りだったら、よかったのにと宇田修一はときどき思う。けれども、深夜、奇妙な声を出して唸る事があるので、やっぱりお隣りでなくてよかったとも思う。これでだいたい宇田修一の同室の先輩たちの紹介もすんだ事になるのだが、つづいて当道場の特殊な療養生活に就いて少し御報告申しましょう。まず、毎日の日課の時間割を書いてみると、
六時起床
七時朝食
八時ヨリ八時半マデ屈伸鍛錬
八時半ヨリ九時半マデ摩擦
九時半ヨリ十時マデ屈伸鍛錬
十時場長巡回(日曜ハ指導員ノミノ巡回)
十時半ヨリ十一時半マデ摩擦
十二時昼食
一時ヨリ二時マデ講話(日曜ハ慰安放送)
二時ヨリ二時半マデ屈伸鍛錬
二時半ヨリ三時半マデ摩擦
三時半ヨリ四時マデ屈伸鍛錬
四時ヨリ四時半マデ自然
四時半ヨリ五時半マデ摩擦
六時夕食
七時ヨリ七時半マデ屈伸鍛錬
七時半ヨリ八時半マデ摩擦
八時半報告
九時就寝

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